いよいよ建設会社とラヒムのミーティングが始まりました。
「このデザインは床や壁に線を描いたものなのですか」
「いや、これは凹凸のあるパネルを一枚一枚張り合わせたものです」
「え。これすべてがパネルを張り合わせたものなんですか?こんなことすると莫大な費用が掛かりますよ」
「いや掛からないよ。材料自体は安いものだし。ニューヨークではコンピューターにデザインをインプットするだけで切り出してくれる機械があるけど。日本にはないの」
「日本にはないんです。日本で作るとなるとすべて型を起こしてそれに材料を流し込んでひとつひとつ作らなければいけないんです。だから莫大な費用になるんです」
「信じられない!」
「パネルをぴったり張りあわせるのはかなり高度な技術が必要になります。しかもこのパネルは3次元的に曲がっているんですか?2次元の曲線を作るのさえ難しいのに3次元になると、ちょっと厳しいな」
「いや、簡単だよ。3次元のパネルを作っておいて上から張り合わせればいいだけだよ」
「うーん。現実的には。ははははは・・・・」
「この曲線に沿って走っているラインは何ですか」
「それは光のラインです」
「え、蛍光灯をこの線に沿って曲げるんですか?そんな長い蛍光灯はないし。LEDではだめなんですか?それだと点々とした断続的な光になりますが?」
「だめです」
「ここの壁とドアを全部取っ払って一面ガラスにするんですか? これは建物の躯体じゃないんですか?取り除いても大丈夫か確認しなければいけないですね。後から現状回復を考えると大変なお金が掛かりますよ。本当に良いですか?」
「この設計図だけで正確な見積もりを出すのは無理ですね」
「とにかく概算で良いので見積もりを出してください。見積もりを見て施工会社を決めようと思います。いつまでに出せますか?もし解らないことがあればメールで私に問い合わせてください」
問題は山積です。なんだか莫大な金額になりそうな予感が・・・
「大丈夫だ。予算はしっかりある。これだけの予算があればニューヨークであればなんでも造れる。たとえ予算をオーバーしたとしても、見積もりを見て材料を削ったり変えれば問題ないよ」
とラヒムは私を慰めてくれますが、他の建設会社との打ち合わせでも同様な話になり私は心配でなりませんでした。
ラヒムが帰国した約2週間後にすべての建設会社の見積もりが出ることが決定しました。
ラヒムが帰国する前の日
「世界インプラント矯正学会で発表があって、明日から韓国に行かなければいけないから、明日は見送りにいけないけどごめんね」
「解っているよ。気にしなくて良いよ。それよりも予算は心配しないでいいよ。私が何とかするから。でも絶対に建築レベルを妥協することはしないよ」
私の曇った顔色を見てラヒムは気を遣ってくれました。
どんなことになってしまうのか?
私は取引先の銀行に今回の融資の相談を以前からしていました。
「これだけの融資額となると担保が必要ですね」
「担保はありません」
「それでは保証協会を使ってもらうしかないですね。しかしながら全額出るかどうか」
「え、ついこの間まではいくらでもお貸ししますから借りてくださいって、言っていたじゃあありませんか」
「今はアメリカのサブプライム問題でこのご時勢ですからね。あの時とは状況が違うんですよ」
「解りました。では保証協会の返答待ちということですね」
私は保証協会からの返答を待つしかありませんでした。
そんななか、各社からの見積もりがあがってきました。
「え、8千6百万円!たかだか20坪なのに?」
「払えないよ。一番安いところでも6千万円!どうしよう無理だよ。思っていたことが的中したよ」
ラヒムが各社とメールで交渉をしてくれました。
「この材料を違うものに変えたらいくらになる?」
「この材料をやめたらいくらになる?」
しかしながら一向に私の予算内には達しません。
「ラヒム、中国でパネルを作って輸入するという方法はどうなの?」
「OK、それも検討のひとつに入れよう。次回の来日のとき彼らと会って、もっと安くできないか直接直談判してみよう。そこで決着をつけよう」
果たして本当に大丈夫だろうか?
そんな時でした。
リーマンブラザーズが倒産。世界的な株の暴落。世界的な不景気。
そして銀行の貸し渋り。
そして、保証協会から連絡がありました。
「予算の80%までなら出せます」
建築費が最初の予算をはるかに超えているというのに、最初の予算の20%を削られてしまいました。
税理士さんとの話し合いにより、
「先生、車を売りましょう。それから先生の給料を減給しなければいけませんね」
「うーん」
「また安定したら車を買えば良いじゃないですか。そうしたら給料を元に戻しますから」
「解りました。そのようにいたします」
ここまできたらやれることはすべてやらなければ。
ここで諦めるわけにはいかない。まだ方法は残されている。
何とか実現化させる!
来月ラヒムが来たときに賭けよう。 |